2026年04月08日 / ライフスタイル

売上は伸びる、でも本物は消える? “AIで服はもっと売れる”時代へ ファッションの成長戦略はどこまで変わるのか

売上は伸びる、でも本物は消える? “AIで服はもっと売れる”時代へ ファッションの成長戦略はどこまで変わるのか

AIはファッションを“速く、安く、賢く”する。では、それだけで十分なのか

ファッション業界でAIの存在感が一気に高まっている。とはいえ、いま起きている変化は、派手な未来予想図ではない。すでに現場で進んでいるのは、在庫の読み違いを減らし、売れ残りを抑え、販促の速度を上げ、接客や検索の精度を上げるという、きわめて地に足のついた変化だ。AIは“夢の技術”というより、利益率を守るための実務ツールになりつつある。

WWDが取り上げたUBSの分析では、ファッション業界の年次売上高を従業員数で割った指標が、2017〜2019年の22.2万ドルから2021〜2025年には27.2万ドルへ上昇した。もちろん、この改善をすべてAIの功績にするのは乱暴だ。だがUBSは、業界内のAI導入が想像以上に進み、その効果がすでに数字ににじみ始めているとみている。別のUBSベンチマークでは、調査対象45社のうち96%がAIを活用していた。つまり、ファッション業界は「AIを使うかどうか」を議論する段階をほぼ終え、「どこでどれだけ成果を出せるか」を競う局面に入ったのである。

この動きが加速する背景には、業界特有の苦しさがある。McKinseyは、2026年のファッション市場を低成長と見込み、関税、コスト上昇、慎重な消費行動が続くなかで、AIはもはや競争優位ではなく「事業継続の必需品」になりつつあると整理した。調査では、35%超の経営層がすでにオンライン接客、画像制作、コピー作成、商品探索などに生成AIを使っている。華やかな業界に見えても、その内側では“少ない人数で、より多くを回す”圧力が強まっている。

AIが最もわかりやすく効くのは、売り方の改善だ。誰に何を見せるか、どの順番で提案するか、どの商品を値引きせずに売り切れるか。こうした判断の精度が上がれば、ファッション企業を長年苦しめてきた大幅値引きの常態化を和らげられる。UBSも、AIによる需要予測やハイパーパーソナライズが利益率改善に直結しうるとみている。つまりAIは、クリエイティブの代替より先に、値引き依存のビジネスモデルを少しずつ修正する役割を担っている。

消費者側の行動も変わり始めた。Adobeによると、米国の小売サイトへの生成AI経由トラフィックは2025年7月に前年同月比で4,700%増加した。調査回答者の38%はオンラインショッピングで生成AIを使った経験があり、85%は買い物体験が改善したと答えている。AI経由の訪問者は滞在時間が32%長く、閲覧ページ数も多い。要するに、消費者はAIを“検索の代用品”ではなく、“買い物の相談相手”として使い始めている。ファッション企業にとっては、Google対策だけでは足りず、AIにどう見つけられ、どう語られるかまで設計する時代に入った。

さらに先には、AIエージェントが買い物の主導権を握る世界も見えている。BCGは、AIショッピングエージェントが商品探索、比較、推薦、購入まで担う「エージェンティック・コマース」の進展を指摘し、ブランドが顧客との直接接点を失うリスクに警鐘を鳴らした。ブランドが大切に育ててきた世界観やロイヤルティより、価格、レビュー、配送速度、在庫の即時性が優先される場面が増えれば、ファッションは“憧れ”より“最適化”に寄っていく。効率化が進むほど、ブランドの個性はむしろ守りにくくなるかもしれない。

ただ、AIの恩恵はマーケティングや検索だけではない。サイズ提案やバーチャル試着の分野では、返品率の改善という実利も出始めている。Zalandoは、Levi’sなどと進めた小規模パイロットで、ジーンズカテゴリの返品率が最大40%下がったと説明している。サイズの不一致は、EC時代のファッションが抱える最大級のムダだ。ここを減らせるなら、AIは売上だけでなくコストと環境負荷の両方に効く可能性がある。

だが、SNSの空気は手放しの歓迎ではない。公開投稿を追うと、反応は大きく二つに割れている。ひとつは「ようやくAIが実験段階を越えて日常業務に入ってきた」という実務歓迎派だ。LinkedIn上では、AIがもはや話題先行ではなく“everyday ops”の一部になったという趣旨のコメントが見られた。効率化、在庫最適化、接客自動化、トレンド把握の高速化を前向きに捉える声は確かに強い。

もうひとつは、「便利でも、その先に何が失われるのか」という慎重派の声だ。とくに多いのが、サイズや体型データに偏りがあるままAIを使えば、既存のバイアスを拡大しかねないという懸念である。公開コメントでも、AIのサイズ提案は便利でも、学習データが偏っていれば問題を大きく再生産するという指摘が出ていた。また、AIが大量の画像や商品提案を瞬時に生み出せるほど、ブランドごとの審美眼が薄まり、似たような見た目ばかりが増えるのではないかという不安も根強い。

この“不安”が最も強く噴き出しているのが、広告ビジュアルの領域だ。Vogueによると、Aerieは2025年10月に「AI生成の体や人物を広告に使わない」とする方針を打ち出し、その後のInstagram展開は大きく拡散した。2026年3月のPamela Anderson起用キャンペーンでは、その姿勢をさらに鮮明にし、同社はブランド認知の二桁成長と2025年第4四半期の売上23%増を語っている。つまりSNSでは、“AIを使うブランド”が注目されるだけでなく、“あえて使わないブランド”も強く支持されているのだ。

この現象はAerieだけの特殊例ではない。Wall Street Journalは、AI生成コンテンツがあふれるなかで、ブランドが「No AI」表記を差別化に使い始めていると報じた。消費者がオンライン上の画像や映像を以前ほど素直に信じなくなり、ラグジュアリーでもマスでも“人間が作ったこと”自体が価値になりつつある。ファッションはもともと物語を売る産業だ。だからこそ、AIで効率を上げれば上げるほど、「これは本物か」という問いが以前より重くなる。

結局のところ、AIはファッション業界を強くする。少なくとも短中期では、その可能性は高い。企画は速くなり、接客は賢くなり、返品は減り、在庫は軽くなる。だが、AIがつくるのは“売れやすい仕組み”であって、“好きになってしまう理由”そのものではない。ブランドを最後に差別化するのは、世界観、価値観、身体感覚、そして「この服を着たい」と思わせる感情だ。AIが業界の基盤になる時代ほど、ファッションには逆説的に、人間らしさを語り切る力が求められる。便利さだけでは、熱狂は生まれない。

※SNS反応パートは、公開状態で確認できたLinkedIn・Instagram・X上の投稿やコメントの傾向を要約したもので、統計調査ではありません。


出典URL