2026年04月27日 / ライフスタイル

もう極端な健康法はいらない?豪州で広がる「続けられるウェルネス」

もう極端な健康法はいらない?豪州で広がる「続けられるウェルネス」

“Dr TikTok”時代のウェルネス──オーストラリア人が選び始めた「続けられる健康」

オーストラリアで、健康とウェルネスの意味が少しずつ変わり始めている。

かつてウェルネスといえば、ヨガリトリート、スーパーフード、ジムでのハードなトレーニング、あるいは高価なサプリメントを思い浮かべる人も多かった。だが、2026年のいま、人々が求めているのは「意識の高いライフスタイル」というより、日々の不安に対処するための現実的な習慣だ。

背景にあるのは、物価高、仕事のストレス、慢性的な疲労、将来の病気への不安、そしてSNSを通じて絶えず流れ込んでくる健康情報である。スマートフォンを開けば、腸活、睡眠改善、筋トレ、メンタルケア、ダイエット薬、AI診断、ボディニュートラリティなど、あらゆる健康トピックが数十秒の動画で提示される。

オーストラリア人は、こうした情報をただ眺めているだけではない。実際に行動を変えている。

Bupaの2026年版Pulse Checkによれば、オーストラリア人の3割がオンラインの健康コンテンツに影響されて健康関連商品を購入した経験があり、3人に1人以上がSNSをきっかけに健康習慣を変えたという。さらに、約4割が「短く分かりやすいオンライン健康コンテンツは、より健康的な選択に役立つ」と感じている。

これは、健康情報の主戦場が診察室や専門書だけではなく、TikTok、Instagram、AIチャット、健康アプリへと広がっていることを示している。

健康情報の入口になったSNSとAI

近年、SNS上では「Dr TikTok」という言葉が象徴的に使われるようになった。医師の代わりにTikTokを頼る、という意味合いを含んだ表現だが、実際には多くの人が医療機関を完全に置き換えているわけではない。むしろ、最初の入口としてSNSやAIを使い、そこから自分の症状や不調について考え始めている。

Bupaの調査でも、メンタルヘルスに関する相談先は多様化している。家族や友人に頼る人、GPと呼ばれる一般医に相談する人、心理士や精神科医を利用する人に加え、SNS、AIツール、メンタルヘルスアプリを活用する人も増えている。

この流れは、アクセスのしやすさと関係している。医療機関の予約には時間がかかる。専門家に相談するには費用がかかる。忙しい親や若い社会人にとって、夜中でも検索でき、数秒で答えらしきものが返ってくるSNSやAIは、非常に便利な存在だ。

ただし、便利さと正確さは同じではない。

University of Wollongongの研究では、若いオーストラリア人がSNS上の食事・健康情報に影響を受けている一方、多くの人気投稿は資格を持たないクリエイターによるもので、商品宣伝や感情的な表現が目立つことが指摘されている。研究者たちは、インフルエンサーの助言を受け取る際には慎重になり、管理栄養士、大学で訓練を受けた栄養専門家、医師など、根拠ある資格を持つ発信者をフォローするよう呼びかけている。

SNSの反応を見ても、この点には賛否がある。健康動画を「病院に行く前の参考になる」「専門用語より分かりやすい」と評価する声がある一方で、「結局はサプリやプログラムを売るための導線ではないか」「昨日まで流行っていた健康法が、今日は危険と言われている」と不信感を示す人もいる。

つまり、SNSは健康意識を高める一方で、健康不安も増幅させる。


物価高が変えたウェルネスの優先順位

オーストラリアのウェルネスブームを考えるうえで、見逃せないのが生活費の上昇だ。

Bupaの調査では、3人に1人が「健康的な選択をするうえで費用が影響している」と答えている。特に、新鮮な食品の購入、家族での健康的な活動、予防医療へのアクセスが負担になっている。

つまり、健康でいたいという気持ちはある。しかし、実際に健康的な生活を送るにはお金がかかる。野菜や果物は高い。ジムの会費も安くはない。専門家のカウンセリングや検査には費用がかかる。忙しさのなかで自炊や運動の時間をつくるのも簡単ではない。

この状況で広がっているのが、「極端な健康法」ではなく「日常に組み込める健康法」だ。

たとえば、毎日ジムに通うのではなく、通勤や買い物の際に歩く。厳格な食事制限ではなく、野菜を一品増やす。高額な美容医療ではなく、睡眠を整える。完璧な瞑想習慣ではなく、スマートフォンを置いて10分だけ休む。

Bupaの担当者も、オーストラリア人は極端なフィットネストレンドよりも、シンプルで毎日続けやすい健康習慣を選ぶ傾向にあると説明している。実際、メンタルヘルス改善のために多くの人が取り入れているのは、健康的な食事、運動、家族や友人と過ごす時間といった、ごく基本的な行動である。

ここには、ウェルネスの現実化がある。


「予防したい」という意識の高まり

もう一つの大きな変化は、病気になってから対処するのではなく、病気を予防したいという意識の高まりだ。

Bupaの2026年調査では、72%のオーストラリア人が慢性疾患の発症を心配している。特に不安が大きいのは、がん、腰痛、心疾患や脳卒中だ。さらに、将来的に予測医療を検討したいと答えた人は63%に達し、2022年の35%から大きく増えている。

予測医療とは、遺伝情報、生活習慣、検査データなどをもとに、将来の健康リスクを早めに把握しようとする考え方だ。AIやデジタルヘルスの発展によって、こうした予防型の医療への関心はさらに高まっている。

SNS上でも、ウェアラブル端末で睡眠、心拍数、歩数、ストレス状態を管理する人の投稿は珍しくない。Apple WatchやFitbitなどのデバイスを使い、「今日は睡眠スコアが悪いから軽めに過ごす」「心拍変動を見てトレーニング強度を調整する」といったセルフケアが日常化しつつある。

一方で、データ化された健康が新たなストレスになるという指摘もある。睡眠を改善するために睡眠スコアを見ていたはずが、数字が悪いことでかえって不安になる。歩数や消費カロリーを管理するつもりが、達成できない日を「失敗」と感じてしまう。

健康を可視化する技術は便利だが、人間の体調は数字だけでは測れない。デジタルヘルスの普及は、健康管理を身近にする一方で、「健康でいなければならない」というプレッシャーを強める可能性もある。


ダイエットから「機能する食事」へ

食のトレンドにも変化がある。

かつてのダイエット文化は、「何を食べないか」に重点が置かれがちだった。糖質を避ける、脂質を減らす、カロリーを制限する。だが最近は、「何のために食べるか」という考え方が強まっている。

腸内環境、免疫、エネルギー、集中力、メンタルヘルス、睡眠。こうした目的に合わせて食品を選ぶ「機能的な食事」への関心が高まっている。SNSでも、発酵食品、たんぱく質、食物繊維、プラントベース食品、マグネシウム、ビタミンDなどに関する投稿が広く拡散されている。

この変化は前向きに見える。単なる体重減少ではなく、自分の体をどう働かせるかに目を向ける人が増えているからだ。

しかし、ここにも落とし穴がある。科学的に十分な根拠がないまま、「これを食べればホルモンが整う」「このサプリで腸が変わる」「この食品は炎症を消す」といった断定的な表現が広がることがある。健康への関心が高い人ほど、そうしたメッセージに引き寄せられやすい。

SNS上では、「腸活を始めて体調が良くなった」という肯定的な声も多い。一方で、「何を食べても誰かに否定される気がする」「健康情報が多すぎて、逆に食事が怖くなる」といった疲れも見られる。

健康的な食事は本来、生活を支えるものであるはずだ。だが、情報が過剰になると、食事そのものがストレス源になる。


ボディニュートラリティが支持される理由

近年のウェルネス文脈で注目されている考え方の一つに、ボディニュートラリティがある。

ボディポジティブが「自分の体を愛そう」というメッセージを重視するのに対し、ボディニュートラリティは「体を好きになれない日があってもいい。見た目ではなく、体がしてくれることに意識を向けよう」という考え方に近い。

この考え方が支持される背景には、SNS上の理想化された身体イメージへの疲れがある。鍛え上げられた腹筋、完璧な肌、加工された顔、細い体、若々しさ。こうした投稿を浴び続けることで、自分の体への不満が強まる人は少なくない。

UNSWの研究では、理想化された外見を示す短尺動画や画像は、若い女性の身体満足度や気分に悪影響を与える可能性があると指摘されている。一方、TikTok上のボディニュートラリティコンテンツを扱った研究では、短時間の視聴でも身体機能への感謝や身体満足度、気分に良い影響が見られたと報告されている。

SNS上の反応でも、ボディニュートラリティは「自分を無理に好きにならなくていいのが楽」「見た目ではなく、歩ける、働ける、抱きしめられる体に感謝する考え方が助けになる」と受け止められている。一方で、「結局これも新しいウェルネス用語として商品化されるのでは」という冷めた見方もある。

それでも、この潮流は重要だ。健康を語る言葉が、体重や見た目だけに縛られなくなってきたからである。


バーンアウトとメンタルヘルス

ウェルネスブームの裏側には、疲れ切った社会の姿もある。

Bupaの調査では、現在働いているオーストラリア人の70%が、これまでにバーンアウトを経験したと答えている。また、42%が健康とウェルビーイングを管理することに難しさを感じており、この割合は3年ぶりに上昇した。

これは、単に健康意識が高まっているという話ではない。多くの人が、健康を守らなければ生活がもたないと感じている。

メンタルヘルスへの対処として、健康的な食事、運動、家族や友人との時間が上位に挙がっていることは象徴的だ。人々は、特別な治療や高価なサービスだけでなく、日常の基盤を整えることに価値を見いだしている。

SNSでは、「セルフケア」という言葉も広く使われている。しかし、それが時に「もっと努力しなければならない」という圧力になることもある。疲れている人に対して、運動しろ、早く寝ろ、食事を整えろ、瞑想しろと次々に課題を提示すれば、セルフケアは癒やしではなく義務になる。

これからのウェルネスに必要なのは、個人の努力だけを強調することではない。働き方、医療へのアクセス、食品価格、住環境、コミュニティとのつながりといった、健康を支える社会的条件にも目を向けることだ。


SNS時代の健康リテラシー

オーストラリアで広がるウェルネストレンドは、世界中で起きている変化の縮図でもある。

人々は以前より健康に関心を持ち、予防に前向きで、デジタルツールを使いこなし、食事や運動を見直している。これは明るい変化だ。

しかし同時に、SNS時代の健康情報には危うさもある。短い動画は分かりやすいが、複雑な医学的文脈を削ぎ落とす。インフルエンサーは親しみやすいが、専門家とは限らない。AIは即座に答えを出すが、その答えが正しいとは限らない。

重要なのは、SNSを完全に否定することではない。むしろ、SNSを健康情報の入口として使いながら、最終的には信頼できる専門家や公的情報に接続することだ。

たとえば、次のような姿勢が求められる。

「劇的に変わる」とうたう健康法には慎重になる。
特定の商品購入に誘導する投稿は、広告の可能性を考える。
発信者の資格や専門性を確認する。
自分の症状や服薬に関わる内容は医療者に相談する。
ひとつの動画だけで判断せず、複数の信頼できる情報源を見る。

SNS時代の健康リテラシーとは、情報を遮断することではなく、情報との距離を取る力である。


ウェルネスは「完璧」から「持続可能」へ

2026年のオーストラリアで見えてくるウェルネスの本質は、完璧な生活を目指すことではない。

毎日ジムに行けなくても、少し歩く。
理想的な食事でなくても、できる範囲で整える。
メンタルが落ちる日があっても、人と話す。
SNSの情報を使いながらも、うのみにしない。
体を好きになれない日があっても、責めない。

こうした小さな実践こそが、いま人々に求められている健康習慣なのだろう。

オーストラリア人が受け入れ始めているウェルネスは、キラキラした流行ではなく、生活の現実に根ざしたものだ。物価高のなかで、時間に追われながら、それでも少しでもよく生きたい。その願いが、SNS、AI、予防医療、食事、運動、メンタルケアをつなぐ新しい健康文化をつくっている。

ウェルネスはもはや、一部の人の趣味ではない。
現代を生き抜くための、静かな生活戦略になっている。



出典・参考資料

The Age
https://www.theage.com.au/lifestyle/health-and-wellness/wellness-trends-aussies-are-embracing-for-a-healthier-life-20260427-p5zr9c.html

Bupa Australia「Parents turn to Dr TikTok amid time and cost pressures」。Bupa Pulse Check 2026の主要データ、SNS・AI利用、物価高、メンタルヘルス、予防医療、フィットネス習慣に関する出典。
https://media.bupa.com.au/parents-turn-to-dr-tiktok-amid-time-and-cost-pressures/

University of Wollongong「How social media ‘experts’ are shaping young adults’ food choices」。若いオーストラリア人の食事・健康情報とSNSインフルエンサーの影響、未資格発信者への注意喚起に関する出典。
https://www.uow.edu.au/media/2026/how-social-media-experts-are-shaping-young-adults-food-choices--.php

UNSW Sydney「TikTok and body image: idealistic content may be detrimental to mental health」。理想化された外見コンテンツが若い女性の身体満足度や気分に与える影響に関する出典。
https://www.unsw.edu.au/newsroom/news/2023/08/tiktok-and-body-image--idealistic-content-may-be-detrimental-to-

ScienceDirect / Body Image「How exposure to body neutrality content on TikTok affects young women’s body image and mood」。TikTok上のボディニュートラリティコンテンツが身体イメージや気分に与える影響に関する研究。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1740144523001389